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羽生结弦退役发布会的一问一答

https://news.yahoo.co.jp/articles/fe3c48eac78f85490947820c06944158c8db9d94
会見で羽生結弦「今がいちばんうまいんじゃないかな」「人間として美しくありたい」…一問一答
フィギュアスケート男子で冬季五輪2連覇を果たし、国民栄誉賞を受賞した羽生結弦(27)(ANA)が、今後は競技会に出場せず、プロに転向する意向を固め19日、東京都内のホテルで記者会見を行った。
「決意表明の場」と題した記者会見の一問一答は以下の通り。
「寂しさは全然ない」
--競技者として勝負の場から離れる決断に至った理由。寂しさは。
「寂しさは全然ない。むしろ、今回、最初にこの会見の案内文を考えていた時に、今後の活動についてとか、今後の活動に関してと書いていただいたが、そうじゃないなと思って。もっと決意に満ちあふれたものだし、もっともっと希望に満ちあふれたものだと思っていた。むしろ自分としては、これからも期待してやってくださいと胸を張って言える。寂しさは特にない。これからさらに頑張りたい。試合という限られた場ではなく、いろんな方法で見てもらえる場をつくっていきたい」。
--五輪を振り返って。
「オリンピックは、もちろん自分にとっては2連覇できた、今の自分の立場だったり、発言をさせていただく場所だったりを作ってくれている大切なもの。それプラス、北京五輪で、挑戦が成功したわけではないが、夢を追い続けたり頑張り続けた、それを証明できた場所でもある。その姿を見てもらい、自分自身が一歩進もうと思ってもらう機会になった。それがうれしかった。一つずつ五輪に意味づけをしてしまうと、ほんとに長くなっちゃうんですけど、僕にとっては自分が生きている証しっていうか、みなさんと歩み続けていく証しでもあるし、これから頑張っていく土台でもある」。
「競技会じゃないほうが見てもらえる」
--競技会に出ない決断。そこに至った経緯は。
「まず最初に、これから競技会に出るつもりはない。これまでやってきた中で、結果に対して取るべきものは取れたと思っているし、そこに対する評価を、もう求めなくなってしまったのかなという気持ちもある。それがここまでに至った経緯。そして、自分が、揺れ動いたりっていうのはもちろんあったが、そもそも平昌五輪の時点でもう引退しようと思っていた。引退という言葉は好きじゃないので使いたくないのだが。16歳、17歳くらいのときのインタビューで、『2連覇したらどうするんですか』と言われて、『そこからがスタートです』と本当に自分の心の中から言える時期があって。今、本当にそういう気持ち。平昌五輪の時から、プロのアスリートとしてスタートするんだと思っていたんですけど、4回転半や四大陸選手権も含めて、金メダルを取れていない試合が何個かあったので、続けた。4回転半にこだわり続けた結果、北京五輪まで続けたが、別に競技会で降りなくてもいいじゃんと思っている。これからさらに、努力する方向、理想としているフィギュアスケーターの形は、競技会じゃなくても見てもらうことができるなって。むしろ競技会じゃないほうが見てもらえると思っている」。
――決断おめでとうございます。これだけ実績も残して、社会の中でも羽生選手の言動だったりは影響を与えている。ここまでの存在になる方は本当に限られている。改めて、そこまでになれた自分にしかなかった特徴や、自分が持っているものとは何か。
「そういう実感があまりないのでわからないが、今この場所にいる羽生結弦としては、客観視して遠くから、カメラさんがいる場所から、上から見たら、羽生結弦ってどういう存在か。たくさん応援して下さるから、ここにいれると思う。僕自身が何かをしてきたからじゃなくて、環境の変化や、いろんなことで自分の演技を見て頂いたり発言させて頂く場所があったり聞いていただく場所があったりして、特別に応援して頂ける運のいい人間なのだと思う。僕自身ももっと頑張らないといけないとか、よりいろんなことを考えたりとか、どんな言葉がいいのかとか、どんなことを考えたらいいかとか、そういうことを考えるきっかけになっていた。作り上げているわけではないが、たくさんの方が応援してくださるからこそ僕はここで発信できる。僕も期待に応えられるように、期待をさらに超えていけるように頑張っていきたいと思えた。そうやって頑張ってこられたかなと思う。ただ、僕はアスリートでしかないと思っていて。これからいろんな演技をして、スケートを続けていくにあたって、いろんな面が見えてくると思う。ただ、その中でも芸能人とかアイドルでも何でもない。アスリートとしてかっこいいなとか、アスリートとして色んな希望とか夢を見せてもらえるなと思ってもらえる存在としてこれからも努力していきたい」。
「常に挑戦し続けることは続けていきたい」
――決意表明と重複するが、競技者として貫けたこととは何か。これからも貫きたいことは何か。
「常に挑戦し続けることはこれからも続けていきたい。なんか、正直僕の中では線引きが難しいと思っているが、競技者としてのアスリートか、プロとしてのアスリートかは、線引きがあいまいで、僕が「ここでプロになる」といったらプロなのかというと、そういう世界なのでそうとしか言えないところがあるが、気持ちとしてはそんなに大きく変わったつもりはない。これからも夢に向かって目標に向かって努力したい。あとは、より責任をもって、発言、行動に責任をもってアスリートとしてこれからも自分の活動を全うしていきたい。もちろん、4回転半ジャンプも成功させて、それを皆さんと共有できたり皆さんの前で成功できたらいいなと強く思っています」。
--プロのアスリートとしてスタートを切るが、具体的にショーなど現時点で考えていることは。
「自分の中で考えていることだったり、ちょっと話し合いとかをして、ちょっと話し合った段階でしかないが、具体的にいろいろ進めようとしていることはあります。それが何か言ってしまうと、まだまだ自分の頭の中の構成を伝えただけなので、実現できるかどうかもわからないので、具体的にそれを言うのは、はばかられてしまうが、もっともっと今の時代にあったスケートの見せ方とか、ファンの方々だったり、スケートを見たことのない方々を含めて、これだったら見たいかもなというショーだったり、応援してくださる方々が納得できるような場所だったり、演技だったりを、続けていきたいなと思っている。期間がいつになるか言うことは難しいが、ぜひ期待してほしい」。
「よりうまくなりたい、強くなりたいと思って決断」
--決断に至った時期と、そこに至る最大の決め手は。
「競技者としてここで終了というか、ここからプロになりたいなと思うことは多々ありました。いろんな場面でありました。平昌五輪が終わった段階でも思いましたし、やっぱり新たなスタートとして次のステージに向かいたいって言う、ネガティブに引退とか。不思議ですよね、フィギュアスケートって。現役がアマチュアしかないっていう感じで不思議ですけど。甲子園の選手が野球を頑張っていて、甲子園優勝しました、プロになりましたって、それって引退じゃないじゃないですか。それと同じだと思っていて。むしろそこからがスタート。そこからどうやって自分を見せていくのかとか、どれだけ頑張っていけるかが大事だと思っているので、そういう意味では新たなスタートを切ったなと今、思っています。いつ、プロに転向しようかと考えたかという話だと、毎試合、毎試合、思っていました。平昌五輪が終わって試合が終わるごとにいろんなことを考えて。これ、努力している方法が間違っているのかな、とか。頑張れていないのかなとか、いろんなことを考えながら競技をしてきました。最終的な決断に至ったのは北京五輪が終わってからです。自分の足首が痛くて滑れなかったので、いろいろ考えた時に、別にここのステージにいつまでもいる必要はないかなと思って、よりうまくなりたい、より強くなりたいと思って決断しました。先日、「ファンタジーオンアイス」で滑らせてもらったが、アマチュアスケーターとして滑らせていただいたのは対外的に最後だったんですけど、その時にも、改めてより高いステージに立ちたいな、より一層、努力したことが皆さんに伝わるステージにしたいなと思いました」
――五輪ではメダルも獲得して記録も打ち立てた。満足することなく常に先を見続けていた。何がそこまでかき立てたのか。
「それは、アスリートだからなのかなって強く思う。現状に満足したことは基本的にないし、とにかくうまくなりたいと思っていた。それが、例えばジャンプであったとしてもフィギュアスケートで求められている音楽的表現だったとしても常にうまくなることが楽しみというか、それがあったから、ずっと今までスケートをやってこれたなって思っています。自分の中で『スケート=(イコール)生きている』みたいなイメージがあって。生きる中ってどうしてもうまくいったりうまくいかなかったりすることがあって、そこに対して何か言われたり、喜んでもらえたりとか色々ある。逆に停滞することもあったり。そういったものがすごくスケートの中で感じられるなと思って。それこそが自分にとってのフィギュアスケートだと思っているので。記録を打ち立てた、記録を取れたからとか、最高得点を出せたからとか、難しいジャンプを跳べたとかじゃなくて、普通に生きてる中で、もっと難しいことをやりたいとか、単純に小さい頃だったらもっと褒められたいとか、そういう気持ちで頑張ってこられたと思う」。
「競技会の緊張感が恋しくなることは絶対ない」
――昨年あたりに今の自分が一番うまいと言っていた。実際にそうだったとも思う。もったいないなとも思うが、競技会の緊張感が恋しくなることは。
「競技会の緊張感が恋しくなることは絶対ないと言い切れる。それは、話をした中で、色々考えている今後の活動で、絶対に競技会としての緊張感などを味わってもらえるようなことをしたい。競技会を作ったり大会を作ったりは考えていないが、皆さんが好きな、皆さんが応援したくなるような羽生結弦は、挑戦し続けたり、独特な緊張感の中での演技だと思う。そういうものをまた感じて頂けるような。皆さんも競技者じゃなくなったから気が緩むと思われるんじゃなくて、毎回緊張できるような全力でやってるからこその緊張感を味わってもらえるスケートをしたい。それはないかなと思う。むしろもっと緊張させるかもしれないし、緊張するかもしれない。一つ一つの演技に自分の全体力と全神経を注いで、ある意味では死力を尽くして頑張りたい」。
――自分の努力をどう振り返っているか。
「まず、平昌五輪で連覇した時点で、競技を終えてプロとしてさらにうまくなっていきたいなと思っていた時期があったという話をしたんですけど、自分の努力の仕方だったりとか、どうやったらうまくなったのか、そういったものを感じられないまま終わっていたかもしれない、本当の意味で終わってしまったかもしれないなって思いました。あの頃は、4回転ジャンプやルッツ、フリップという、ある意味、今の新時代を象徴するようなジャンプが増えている段階でありましたが、そういったジャンプを追い求めていた。また、フィギュアが一番うまくなれる時期というか、フィギュアスケートってこれからうまくならないよね、むしろ停滞していくよねっていう年齢が、だいたい23とか24で切り替わってしまうというか、定例みたいなものでした。僕自身は23歳で平昌五輪を終えて、今までジャンプの技術を含めてかなり成長できたと思うんですね。それは、どうやったらうまくなるのか分かったから成長できたのだと思う。そういう意味で今が一番うまいんじゃないかと思います。そういう経験があったからこそ、たとえ30になろうとも、40になろうとも、40までやっているかわかんないですけど、『この年齢だからできなくなる』と思っていたことが、なくなるんじゃないかと、ちょっとワクワクしています。そういう意味で、北京五輪まで努力し続けてきて、よかったなと思っていますし、これからも試行錯誤しながらうまくなっていけたらなと思います」
「僕にとって羽生結弦という存在は、常に重荷」
--競技者として絶対王者と言われて、人間性を高く評価された。いつも完ぺきに見えた。羽生結弦として生きてきて大変だったことなどは。
「僕っていう定義がまたわからなくなっちゃうので難しいけど、僕にとって『羽生結弦』という存在は、常に重荷です。こうやって会見で話す時とかも、ものすごく緊張していて。今まで考えてきたことが全て吹っ飛ぶくらい、手足が真っ青になるくらい緊張していた。そういった意味で、自分自身も完璧でいたいって強く願うし、これからも完璧でいたい、もっといい羽生結弦でいたいと思ってしまうので、これからも重いなって、プレッシャーを感じながら過ごすことになるけれど、こういう姿を見て応援して下さる方はたくさんいる。北京五輪の時のように、ちょっと心が崩れてしまった時とか、報われない努力があるんだとか、幸せって心の中から言えないって言ってしまったけど、そういう自分を応援してくれる方がいるのもうれしい。いつも羽生結弦って重いなと思って過ごしているが、その存在に恥じないように生きてきたつもりですし、これからも生きていく中で、羽生結弦として生きていきたい。ただ、先ほども話したように、自分の心をないがしろにすることはしたくないなと。これまで演技をしていく中で、心が空っぽになってしまうこともたくさんあったし、わけもなく涙が流れたり、ご飯が(のどを)通らなかったりしたことも多々あった。正直、言われのないことも言われたりとか。そんなたたかなくてもいいじゃんって思うようなこととか、ありました。人間としてもいろんな人を信頼できなくなったりしたこともあった。でもそれは羽生結弦だからじゃなくて、皆さんがそう思っていることでもあると思う。大なり小なり、皆さんが辛いんだなと思っている。だからこそ、僕自身がこれからも生きていく中で、生活する中で、心を大切にしてもいいんじゃないかって。もっと自分の心が空っぽになる前に、自分のことを大切にしてくれた方と同じように、自分自身も大切にしないと、今は思っている。なので、皆さんも、自分を応援することで色んなことを感じていただけたり、生活の一部だ、生きがいだと言って下さることはうれしいし、これからもそうなっていくつもりです。そういった中でも自分の心を大切にするきっかけの一つであれたらと思います」。
「今は伸びしろをいっぱい感じてます」
--プロのアスリートという言葉があった。アスリートとしての羽生選手にクワッドアクセル、どれくらい手中にあるか。手ごたえは
「正直な話、アスリート、フィギュアってそんな苦しいところを見せてはいけないと思っている。演技している時にめちゃくちゃ頑張ってるんですけど、ほんとは。演技後はキスアンドクライで、そこで倒れこむわけにはいかないけれど、倒れこむくらい全力で滑っています。そんな中でもアイスショーって華やかな舞台で、エンタメっていうイメージがあると思うけれど、もっともっと僕はアスリートらしくいたい。難しいことに挑戦する姿、戦い続ける姿をもっと見ていただきたい。期待していただきたいと思って今回、この言葉たちを選んだ。4回転半は、北京ですごくいい体験ができた。あの時は、痛み止めの注射を打って、何も怖くなかった。本当に全力を出し切って4回転半に挑むことができたが、今現在、右足首の回復を待ったりとか、あの時は本当に4回転半のために、ずっと努力していたと言っても過言じゃない。それに比べたらアイスショーがあったりして、今は4回転半に割く時間がなくて、へたくそになっているかもしれないが、今も常に4回転半の練習をやっている。あの時、得た知見があったからこそ、北京五輪の前にもいろんな知見があったからこそ、もっとこうできるという手ごたえもある。また、最近アイスショーとかで、こういう視点があったんだなと、毎日のように発見があって、これからさらにうまくなれるという自分への期待とワクワク感がある。実際には、あのころよりへたくそになってしまっているかもしれないけど、きっと、北京オリンピックの時はもう伸びしろないかなと思ったけど、今は伸びしろをいっぱい感じてます。期待してください」。
「これからもどうか応援して」
――ファンとは何か。メッセージがあれば。
「改めて、一言で言うのは難しいんですけど、やっぱり応援してくださる方がいるから僕は今ここで話していて、これまでスケートをやってこれて、これからも突き詰めていこうと思えています。自分が特別な存在とか、特別な力があるとかそんなことは全く思っていなくて、人一倍、みなさんに応援していただけるからこそ、力が出てくる。応援の力があるから僕はうまくなっているんだなって思っています。これが、10人くらいにしか応援されていなかったら、きっとその10人の方の気持ちを受け取るだけでいっぱいいっぱいになって、スケートに没頭できなかったと思います。皆さんがたくさん期待してくださって、期待に応えたときに、より多くの人が期待してくださって。そんな循環が大切だったし、そんな循環をこれからも続けていきたいですし、皆さんの応援に応えられるような演技を続けたい。心の底からの僕の気持ちは、『どうかこれからも、期待してやってください、どうかこれからも見てやってください』っていう気持ちが自分の本音です。ここで『ありがとうございました』じゃない、ていうのは正直、自分が一番思っている。全然、終わらない。引退でもなんでもない。ここから、さらにうまくなる自信、さらに見る価値があるなって思ってもらえる演技をするために努力していくので、これからもどうか応援してやってください」。
「常にアップデートし続けられる人間でありたい」
――プロとなるにあたって、優先事項を3つ挙げるなら。
「3つか、難しいな。まず、成功させられる努力をすること。それが一番の優先事項。4回転半も成功させたいし、目標としている演技など、過去の自分よりうまくなったなって言ってもらえるような、理想としている演技ができるような努力をしていきたい。それが第一優先。あと2つ。これはプロになったからとかじゃないかもしれないですけど、人間として美しくありたいって思っています。言葉で表現するのは難しいんですけど、たとえ明日の自分が今の自分を見たとしても、『きのうの自分、頑張ったな』って思ってもらえるような自分を大切にしていきたいと思いますし、一生胸を張って生きられる生き方をしていきたいと思っています。そして、3つめは勉強を怠らないこと、常に勉強し続けるということを挙げたいと思います。もちろん、スポーツとしてのフィギュアスケートも、競技というところからは抜けて、新たなステージに一歩高いところに上がっていくと思っているんですけど、これからも勉強し続けたいなと思っている。最近だと、ダンスを習っているんですけど、氷上でうまく使えないかなと考えていたり、力学のことだったり、運動学だったり、人間工学だったりとか。パフォーマンスがどういう風に見えるのかとか、どういうふうに評価されるのかとか、これからも勉強して、深い人間、深いフィギュアスケーターになっていきたいなと思っているので、常にアップデートし続けられる人間でありたいと思っている」。
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